睡眠と健康

昭和大学名誉教授 戸塚共立第1病院・戸塚共立あさひクリニック 名誉顧問
戸塚共立あさひクリニック 腎・リウマチ内科
杉崎 徹三〈すぎさき てつぞう〉医師
最近読んだニュースに、世界の人々の睡眠時間についての調査がありました。その記事によると、日本人の睡眠時間は調査中最短の7時間22分で、33位でした。しかし、それが何を意味するかについての記載がなかったので、今回は睡眠と健康について考えたいと思います。
子供の睡眠は一般的に5歳で約11時間、9歳で約10時間、11歳で約9.5時間、16歳で約8時間必要であり、子供用の寝室で寝た方が健康に育つと言われています。大人は6~8時間必要とされています。それ以上、それ以下の人は統計学的に認知症、うつ病、がん、高血圧、高脂血症、メタボリック症候群を患う確率が有意に高くなるとされています。
しかし、我々動物がなぜ眠るのか、熟睡するとなぜ疲労が取れるのか、なぜ病気の回復が早まるのか、なぜ頭が鮮明になるのかについて実はよく分かっていないのが現状です。
まず、現在分かっていることから、睡眠中の脳がどうなっているのかについて説明しましょう。睡眠には、眼球が左右に速く動くレム睡眠(REM=Rapid Eye Movement)と動かないノンレム睡眠(non-REM)の2種類があります。入眠すると、まずノンレム睡眠が始まり、約90分後にレム睡眠が始まり、その後約90分ごとに起床するまでノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返されます。
レム睡眠中、脳は夢を見たり、考えをまとめたり、記憶を整理・定着させて脳をリフレッシュさせます。子供は、その間に大脳を構築します。眼が動いているので覚醒に近いかと思いますが、体は休んでいるようです。ノンレム睡眠は深い眠りで、その間に成長ホルモンの分泌、筋肉や骨の修復、脂肪の分解が行われ、免疫力が向上します。子供の場合、「寝る子は育つ」と言われるように成長に繋がります。一方、睡眠時間が短くなると肌の保湿機能やバリア機能が低下し、しわが多くなり、肌の色つやの低下や老化が進みます。

さらにアルツハイマー型認知症と関連するアミロイドβやタウ蛋白が、脳内に増加するとの報告もあります。(1)
それでは覚醒、睡眠を調節している物質は何でしょうか?それは柳沢正史先生らにより1998年に発見されたオレキシンです。この物質の発見により、柳沢先生はノーベル生理学・医学賞の有力候補と言われるようになりました。オレキシンは視床下部に働きかけて脳を覚醒させることがわかっており、この作用をブロックする薬が現在汎用されている睡眠薬です。さらに2025年、この作用を亢進させる薬が開発され、カタプレキシー(情動脱力発作症)の治療に効果があることが証明されました。(2) オレキシンを利用した脳神経系に対する医薬品のさらなる開発が期待されます。
医食同源は重要ですが、医眠同源も同じく重要です。月刊誌「文藝春秋」2024年2月号に、オレキシン発見者の柳沢先生が書かれた「睡眠は最高のアンチエイジング」という記事が掲載されています。御一読をお勧めいたします。
(1) Wang C et al Bidirectional relationship between sleep andAlzheimer’s disease: role of amyloid, tau, and other factors Neuropsychopharmacology2020; 45:104-120
(2) Dauvillers Y et al Oveporexton, an oral orexin receptor -2-selective agonist,In narcolepsy type1 N Engl J Med 2025;392:1905-1916

